は じ め に

私は20数年前著名な数学者が一般教養を担当されているというのでその
大学を選んで入学した。
その人の講義は「日本民族」であったし、その「起源」であった。

私の「原始」は「日本民族」になれなかったし
始まりで完成されているなら、始まりは始まりのまま終わるしかない。

言葉を整えればそういうことになるが、専攻は数学だったが
数学の講義はほとんど出ず親に迷惑をかけたまま別の大学にかわった。

 先日、60を過ぎてはじめて飲み屋を経験されたという女の人のところ
 で酒を飲んだ。
 千葉の人らしいがどこでどうしてこの田舎に来られたかは知らない。
 その人が「私のやくざ息子が」と話された。
 「私のやくざ息子が突然、寺の娘と見合いをし養子になって出ていった」
 私ははじめて他人に「私も仏教学んだんです」って話せた。
 学ぶというより大学を覗いただけだったが
 私は私の動機の恥ずかしさしか残らなかった。

 近くの店に20半ばの女の子がいる。
 (私みたいに)わがままそうで好きなのだが
 無愛想にしかできない客を愛想良くあしらってくれる。
 その人が「30過ぎても子供ができなかったら体形が崩れるから子供は
 産みたくない。でも子供好きだから養子でももらおうかな」って言う。
 私は「だけどあなたに似た子産んでもいいんじゃない」って無責任に言う

1と2は高校生の時に、3は土建会社の社員研修で
それ以降は吉本隆明氏の「親鸞復興」を読んで

(誤読の)着想はこの人から借りている

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